【竜操教室 塾長日記】小さい頃から考えていても、なかなかそうなれるものではない。

昨日、ゴールデンタイムで外国航路の貨物船のドキュメントをしてたのを見ました。



船長さんが、「なぜ船員を目指したのか」という質問に対して、「子どもの頃、大阪港であった帆船祭りを見に行って、その影響で」とおっしゃってました。



おそらく船長さんは同じくらいの年代の方。



その「帆船祭り」、塾長も行きました。



中学生でしたが、一人で帆船の写真を撮りに大阪港まで行ったのを覚えてます。



今でも、コンクールで入賞したその時の写真がリビングに飾ってあります。



そして、その頃の塾長の夢も同じく「外国航路の船長」でした。



でも、高校生になった頃から急に目が悪くなって、確か当時は裸眼で0.6以上というような基準があって、進路をあきらめたように記憶しています。



たまたま一緒に番組を見ていた母もそのことを覚えていて、



「船長だと、半年間海の上に居る間は、食費も含めて生活費がほとんど会社持ちだから、お金がいっぱい溜まるで~!と言ってた。あの頃からあなたは仕事はお金で選んでた。」



と言われて、ちょっとショックを受けました。



中学生の時から、そんな金の亡者だったっけ?



まあ、だからと言って、世の中そんな上手くいくわけじゃなし。



果たして、あのまま船長を目指していたらいたで、今頃どうなってたんでしょう・・・。

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