【竜操教室 塾長日記】変わらない、変わらない。

人は誰しも、自分が慣れ親しんだものが一番なんです。



技術が進化して、教科書がタブレットになり、手書きが入力になり、自分が慣れ親しんだものが消えそうになってくると、



タブレットはダメ、手書きの方が記憶に残る、などなど、必ず反対します。



そして、切り替わり始めの頃は、旧い人の方が多いので、そうした反対意見が多数派になるのは当然のこととは言え・・・



どこかの大学の偉い先生まで、当然自分が歩んできた道の方が、これから若者が歩む道より良いものだと信じて疑わず、そっち方面の意見を補完する研究しかしてないんじゃないの?と思ったりもします。



で、技術は日進月歩なのに、現場では結局遅々として前に進まないんです。



もっと新技術のメリットをアピールするデータも出てこないもんでしょうか。



果たして、本当に手書きの方が良いんですかね?



本当にデジタルよりも紙ベースの教科書の方が良いんですか?



技術が変われば、新しく手に入れられるものがある代わりに、当然失われていくものもあるでしょう。



そのバランスが大事なのであって、失われていくもののデメリットだけを挙げていても意味が無いと個人的には思います。



公共交通や自動車が普及したら、当然に一般人の足腰は弱くなりますよ。



計算機やコンピュータが普及すれば、当然に一般人の暗算能力は落ちるでしょうよ。



もっと細かい話だと、



電子秤が普及すれば、天秤の使い方なんてわからなくなるし。



メールやSNSが普及すれば、手紙やハガキを書く能力は落ちますし。



電子辞書が普及すれば、紙の辞書は引けなくなるし。



挙げればキリがありません。



中学校の理科とか社会の教科書を持ってみるたびに思うんですよ。



いつまでこんなに大きくて重たいものを使わせる気ですか???



その上、各教科で配る課題プリントの山、紙ベースのお知らせ。



高校では使いもしない紙の重たい辞書を何冊も買わせるし。



半世紀前と何も変わらないどころか、酷くなってるように思います。



例えば、駅で電車に乗るのに、いまだに硬券の切符を自販機で買って、それを改札で駅員さんがカチカチと切ってる感じ・・・



ノスタルジーは感じますけどね。



まあ、教育現場にそういう急変を求める方が間違っているのかもしれません。


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